インテリアスタイリスト
✗ プロダクトデザイナー
インテリアスタイリスト
✗ プロダクトデザイナー
トップインテリアスタイリストとして、業界をリードし続ける窪川勝哉さん。片や世界的インテリアデザイナーの元で長年経験を積んだ若手プロダクトデザイナーの大島淳一郎さん。
そんな二人がタッグを組んだ結果、マグカップに起こった化学反応とは?
窪川 お茶を手軽に美味しく飲むために、機能的な要件がたくさん盛り込まれたマグカップという依頼は相当難しかったと思うんですが、バランス良くデザインに落とし込めたのではないでしょうか。
大島 ありがとうございます。まずデザインを始める前に、ティーカップに関する歴史書や、香りと器の形状について書かれた論文などを読み漁りました。そして3Dプリンターで試作品を作って、実際にお茶を淹れた時にどのように香りが立つのか、官能テストも行いました。香りはお茶の要ですから、しっかりと香りの奥行きが感じられるようなマグカップの形状を追求した結果、ワイングラスのように口元が内側にすぼんだ逆テーパーのデザインが生まれました。
窪川 ワインもグラスによって味がまったく変わる。僕はワイン好きだから、逆テーパーの形状が香りを存分に楽しむための理に適っているという感覚はよくわかります。しかも、この切り替えのラインにも秘密があるんですよね?
大島 そうなんです。このラインはぴったり200ml。ここまでお湯を注いでティーバッグを入れるとおいしく飲めるという目安になっています。お好みの濃さに合わせて水量を調整する時にも便利なんです。
窪川 もし、計量カップのようなメモリがプリントされていたら、このすっきりとした美しさが損なわれてしまう。切り替えのラインにした判断は見事です。
大島 マグカップは毎日使うものだからこそ、日常のシーンにすっと溶け込むなじみやすさが大事。そう考えた時に、このボディの形状を思いついたんです。他にも、お茶を蒸らすためのフタをはじめ機能的な要件を、いかにさりげなくデザインに落とし込むかということにはすごく注力しました。
窪川 ミニマルなプロダクトなのに、考え抜かれた様々な機能が備わっていて、北欧デザインのセレクトショップにあるような洗練された雰囲気もある。かといって、デザイン自体はトレンドに媚びている感じはしないし、年齢性別差問わず、多くの人に受け入れてもらえるものに仕上がりましたよね。しかも、一つひとつ職人さんの手仕事なんでしょう?
大島 そうなんです。だから、作家もののような微妙な歪みや釉薬の色むらなども魅力なのですが、完成までは困難を極めました。特にこの抜き型は普通のマグカップとは違う特殊な形状なので、製造が難しく、しかも取っ手の形状や角度にもこだわったので…。
窪川 困難な要素を満載に詰め込んだために、職人泣かせだった?
大島 モックアップは10種類以上――試作品が出来上がる度に修正を重ねて、窯元さんにはかなり無理をお願いしました。実際、窯元さんからは「ひとつひとつの工程ですごく気を使います。他の窯元さんなら、たぶん受けてくれないと思いますよ」って言われてしまいました(苦笑)。
窪川 それは僕にも少し責任があるかも(笑)。確か何度目かのモックアップを見せていただいた時に、全体的な印象はすごく良かったんだけれど、本体と取っ手の繋がりの部分に何となく違和感があって、取っ手の形状の変更をリクエストさせていただきました。あと、少しディテールが男っぽいかなという感じもして、その修正も一緒に。人様が一生懸命作ったものに対してここが違うとか、こうあって欲しいとか、勝手な物言いをするのはスタイリストの性で、失礼な話なんですけど…。
大島 いえいえ、その直感的で具体的なひと言がきっかけで、取っ手の形状や本体との一体感だけではなく、フォルム自体もかなり突き詰めて角がとれたんですよ。
窪川 丸みを帯びた柔らかな印象になりましたよね。修正品が上がってきたのを見た時に、なんだか急に雰囲気をまとったように感じたのを覚えてます。浅くて広くラウンドした底の形状は、オーソドックスなティーカップからの着想ですね?
大島 はい。コーヒーをがぶ飲みするマグカップは、ティーカップとは対局のイメージ。お茶用のマグカップなら、ティーカップ本来のエレガントな要素も不可欠だと考えたんです。
窪川 いまだかつてないお茶用のマグカップが完成したわけですけれど、マグカップといえば、大島さんの師匠、プロダクトデザイナーの安積伸さんの得意ジャンルでしょう?
大島 そうなんですよ。独立前に安積事務所(a studio)でマグカップのデザインに多く係わっていたことも、経験値としては大きかったです。僕はちょっと頑固なところがあるのですが、安積事務所ではどんな仕事でもクライアントさんありき。だからこそのチームワークなのだと痛感し、物作りに対する姿勢も変わりました。今は断然、人の意見を聞きたい派です。人それぞれに正解があるなら、その正解をできるだけ多く吸収したい。ご意見をいただくということは、それだけ真剣に考えていただいているということですし。
窪川 うわっ、良い話! 若いのに僕より大人だなぁ。それで今回、何か新しい感覚は得られました?
大島 そうですね。オファーをいただく度に思うのですが、何か一つのカテゴリーに関わった瞬間に集中力が増してくるというか、物の見方が変わっていくんです。単純に、前よりマグカップそのものが好きになりましたし、興味が強まりました。
窪川 師匠の安積さんには、もう見ていただいたんですか?
大島 『インテリアライフスタイル展』にこのマグカップを出品したのですが、安積さんも会場に来られていて、その時にお褒めの言葉をいただきました。安積さんは、デザイン全体のまとまり感やディテールの仕上げ方など、その物自体が実用的なプロダクトデザインとして成り立っているかどうかをとても重視されるので、そこを評価していただけてうれしかったです!
窪川 ひとつひとつの経験を経て、気づきや学びが増えていく物作りやデザインに関わる仕事は、終わりがない。だから飽きないし、面白いですよね。
大島 さまざまな思いを込めたマグカップだからこそ、たくさんの人の元へ届けたいです。LooCup(ルカップ) のお茶の奥深い香りと味わいを心地よく楽しんでいただけたらと思います。
◆窪川勝哉〈インテリアスタイリスト〉
『ELLE DÉCOR』などインテリア誌でのスタイリングのほか、『LEON』、『PEN』、『GQ』などの誌面でもインテリア&プロップスタイリングを手掛ける、業界を代表するインテリアスタイリスト。また、インテリアだけでなく、車や家具・家電、テーブルウェアなどプロダクト全般に造詣が深い。2011年に見識を深めるため渡英。帰国後も活動の幅を広げ、企業主催のイベントやトークショー、テレビ番組でも多彩さを発揮している。東洋大学ライフデザイン学部非常勤講師。
◆大島淳一郎〈プロダクトデザイナー〉
神戸芸術工学大学プロダクトデザイン学科を卒業後、ベルリンの美術大学に留学。帰国後は日本を代表するプロダクトデザイナーである安積伸氏に師事、デザイン事務所『a studio』にて食器類をはじめチェアやソファ、スピーカーなどのデザインに携わり、プロダクトデザインの真髄に触れる。2019年に独立し、現在はスタジオ発光体のアトリエを拠点に活動。土台のプレートに着脱可能なマグネット式の一輪挿し『lotus』など話題作も多く、将来を期待されるプロダクトデザイナーの一人として注目を浴びている。